採点できる問題はAIのものになっていく。だから人事がこれから測るべきは、解く価値のある問題を見つけて、制約の中で解き切る力の方だ。
【記事紹介】採点できない仕事に、価値は残る — Phil Chen「Career advice in the age of AI」を人事の目で読む
「AIに仕事を奪われるのか」という問いは、不安を煽る割に、明日の行動につながりにくい問いだと感じています。それより実務に効くのは「価値がどこへ移るのか」という問いです。
その問いに、採用する側の実感から答えている記事を読みました。元 OpenAI / Google DeepMind / Scale AI の研究者で、現在は自身のスタートアップを創業した Phil Chen 氏の「Career advice in the age of AI」(2026年7月2日公開)です。大きな反響を呼んでいる記事ですが、キャリア論としてだけ読むのはもったいない。採用と評価を設計する側にとっての示唆が詰まっていたので、人事の目で読みどころを整理します。
▶ 原文(X Article・英語): Career advice in the age of AI
なお、AI がどこまで人の仕事に及ぶかは論者によって見立てが分かれますし、読者の皆さんの温度感もそれぞれだと思います。この記事は「一人の採用実務家の観察」として、使えそうな部分だけ持ち帰る読み方をおすすめします。
「学校は損失関数でできている」
記事の出発点は、この一文に尽きます。
AI は、損失関数を書けるものすべてで上達していく。そして学校はほぼ損失関数でできている——既知の答えと照合して採点できる、定義済みの問題の集まりだ。だから次の10年で価値ある仕事は、モデルの学習の中で採点できないすべてのことになる。
—— Phil Chen(冒頭部、発言要旨)
「損失関数」は機械学習の言葉で、要は採点基準のことです。正解があり、正解との距離を測れるものは、AI の練習問題になり、AI が上達していく。学歴や資格、テストで測ってきた能力の多くはここに含まれます。
では何が残るのか。氏は6つのアドバイスを挙げていますが、人事に直撃するのは次の3つです。
| 採点できる(AIが上達する側) | 採点できない(価値が残る側) | 人事の道具への含意 |
|---|---|---|
| 既知の答えがある問題を解く | 解く価値のある問題を見つける | 面接課題を「解答」から「問題設定」へ |
| 保有スキルの量・処理能力 | 時間・人間関係・評判の使い方 | 評価の重心を希少資源の側へ |
| 中央値の成果物 | 最後の10%の仕上げ・独自の視点 | 役割設計を「効く側」に寄せる |
面接が測ってきたもの、これから測るもの
いちばん具体的なのは、氏自身の採用の話です。氏の会社はエージェントネイティブ——誰も手でコードを書かない——ため、従来型の選考が機能しなくなったと言います。
Leetcode 型の問題も、システムデザインの質問さえも、実際の職務成果と相関しないと感じるようになった。行き着いたのは、置かれた環境をどれだけ素早く理解し、解く価値のある問題を特定し、既存環境の制約の中で解き切れるかを測る一連の面接だった。
—— Phil Chen(第2節、発言要旨)
面白いのは、「AI が宿題を全部解けるなら選考で差がつかないのでは」という予想が外れている点です。氏の観察では、同じ解にたどり着くまでの時間と AI リソースの使い方は、候補者によって大きく違う。優れた候補者は高いレベルの直感と、AI が持っていない外部の文脈を協働に持ち込む。
これは、コーディングテストに限らず、SPI や型どおりのケース面接など「正解が既知の問題」で選考してきたすべての現場への問いかけだと思います。測る対象を「解いた結果」から「問題の見つけ方と、制約の中での解き切り方」へ組み替える。明日からできる一歩としては、面接課題を1つ、あえて曖昧な状況設定に変えて「何を問題と定義し、何に時間を使うか」を言語化してもらう——ここから始められます。
希少なのは時間・関係・評判 — 育成と評価の重心
2つ目の持ち帰りは、資源の話です。氏は「資本へのアクセスはかつてなく容易になった。いまも希少なのは、時間と、人との強い関係と、評判だ」と整理し、「良い仕事をして、それが良い仕事をする人たちに知られている状態を作る」ことを勧めます。
人事の言葉に置き換えると、これは育成投資と評価の重心をどこに置くかの話です。処理できるタスクの量や保有スキルの棚卸しは「採点できる側」に寄っていて、AI の上達とともに相対価値が下がっていく。一方で、社内外の信頼や、意味のある問題に時間を張る判断は、まだ人にしか蓄積されません。
最後の10%が、90%の差になる
3つ目は成果の分布の話です。誰でも AI で「それなりのもの」を作れるようになった結果、中央値の成果物は「雑な指示で AI が出すもの」になり、成果は二極化する——という観察です。価値は、独自の視点と、細部への執着による「最後の10%」に集中していく。
これは「AI に仕事を奪われるか」への、煽らない答えにもなっていると思います。奪う・奪われるの二択ではなく、まず全体の中央値が底上げされ、その上で人の違いが出る場所が最後の仕上げに移る。役割設計や報酬の考え方も、この分布の変化を前提に見直す時期に来ています。
3本まとめて読むと、地図になる
今週紹介してきた記事と、きれいに役割分担になっています。
- 安野貴博さん×上野山勝也さんの対談 — 能力の話。地頭から「知的な運動神経」へ
- Thariq氏の Finding Your Unknowns — 働き方の話。自分のアンノウンを高くつく前に見つける
- 今回の Phil Chen 氏 — 選考と評価の話。採点できない力をどう見極めるか
3本に共通するのは、「AI の賢さ」ではなく「人間側の使い方・見極め方」に焦点があることです。価値がどこへ移るのかを先に読み替えて、選考や評価の道具を静かに組み替えていく——それが、いま人事にできるいちばん実務的な備えだと私は考えています。
採用や評価の見直しについて考えていることがあれば、X(@awata_atsume)で気軽に聞かせてください。
出典
- 原文: Career advice in the age of AI(X Article・英語、2026年7月2日公開、2026年7月5日閲覧)
- 著者: Phil Chen 氏(@philhchen)— 元 OpenAI / Google DeepMind / Scale AI / Stanford。現在は自身のスタートアップを創業
- 本文中の引用は、原文(英語)を筆者が要約・翻訳した発言要旨です。正確な表現は原文をご確認ください