People Analyticsは『分析チームを作ること』ではなく、『すでに社内にある数字に最初の問いを立てること』から始まる。
People Analyticsの始め方:HR担当者がデータ分析を内製する5つの入口
「データドリブンな人事をやりたい」——そう言った次の口で「でもウチには専門のデータサイエンティストがいない」と止まるHRチームを、何度も見てきた。
止まる必要はない。People Analyticsは、新しいツールを買うことでも、分析チームを採用することでもない。すでに社内に散らばっている数字に、最初の問いを立てることだ。そして整理や下準備のような重い手作業は、AIという相棒に任せられる。
HR担当者が月曜の朝から自分のデータで始められる、5つの入口を置いておく。
入口1:離職データから始める
最も即効性があるのは、退職した人のデータを遡ることだ。
月曜の最初の30分でやること: 過去2年の退職者を、スプレッドシートに「入社年月/退社年月/部門/在籍月数」の4列だけで並べる。在籍月数は退社マイナス入社で計算するだけ。これを部門ごとに平均すると、初日からもう「どの部門で人が早く抜けているか」が目に入る。完璧な集計より、まず1枚に並べることが先だ。
集めるデータ:
- 入社日・退社日・在籍期間
- 所属部門・ポジション
- 退職理由(記録がある場合)
- 退職時の評価スコア(直近1〜2回分)
最初の分析:
- 部門別の平均在籍期間
- 在籍期間別の退職理由の分布
- 「入社○ヶ月以内の早期退職」が多い部門・ポジション
この3つだけで「どの部門で早期離職が多いか」「入社後○ヶ月が離職ピーク」という実用的な発見が出ることが多い。
注意: 個人を特定できる形では扱わない。部門・ポジション・在籍期間の集計として扱う。
入口2:採用データから始める
採用は「人事が最も記録を持っている業務」だ。
集めるデータ:
- 応募経路(媒体/エージェント/リファラル)
- 応募から採用までの日数
- 選考通過率(各ステージ)
- 採用した人の現在のパフォーマンス(評価スコア)
最初の分析:
- 採用経路別の内定承諾率
- 採用に最も時間がかかっているポジション・ステージ
- 「採用経路」と「入社後の早期退職率」の相関
「リファラル採用は定着率が高い」「このポジションの一次面接通過率が極端に低い(評価基準が不明確)」などの発見が出やすい。
入口3:勤怠データから始める
勤怠データは多くの企業が電子化しており、加工しやすい。
集めるデータ:
- 部門別の平均残業時間(月次)
- 有給取得率(部門別・個人別)
- 欠勤率の推移
最初の分析:
- 残業時間が増加している部門の特定
- 有給取得率が低い部門の特定
- 「残業時間が急増した翌月」に離職が増えているかの確認
勤怠データは「組織の負荷状態」を見る指標として機能する。ただし「残業が多い=悪い」という単純な解釈は避ける。繁忙期の構造的な問題と、マネジメント問題による残業は原因が異なる。
入口4:研修・育成データから始める
集めるデータ:
- 研修受講率(部門別・ポジション別)
- 入社後のオンボーディング完了率
- 資格取得・スキル習得の記録
最初の分析:
- 研修受講率が低い部門の特定(参加しにくい理由を探る)
- オンボーディング未完了者の、3ヶ月後の定着率
- 育成プログラムへの参加と、評価スコアの相関
研修データは「組織が人材育成にどれくらい投資しているか」と「その投資が機能しているか」を見る入口になる。
入口5:エンゲージメントサーベイから始める
定期的なサーベイを実施している企業なら、時系列データが蓄積している。
最初の分析:
- 設問別スコアの部門差
- スコアの時系列変化(改善/悪化している部門)
- 「エンゲージメントスコアが下がった翌四半期」の離職率変化
エンゲージメントサーベイのデータは「問題が顕在化する前の先行指標」として機能する可能性がある。スコアと離職の相関が確認できれば、早期に介入できる。
AIを相棒にして分析を加速する
各入口のデータをCSVに落とし、ChatGPT/Claudeに渡せば、データエンジニアを雇わなくても次の作業を相棒に肩代わりしてもらえる。
Excelでは難しい集計をAIに依頼する:
このCSV(採用データ)から、採用経路別の「入社後6ヶ月定着率」を計算してください。
「経路」「内定数」「6ヶ月在籍数」「定着率」の表にしてください。
パターンを発見させる:
このデータで、離職と相関しているカラムを教えてください。
数値が高い/低い場合に離職率が変わっているものがあれば、具体的に教えてください。
経営層向けサマリーを作る:
この分析結果を、経営会議向けの1ページサマリーに変換してください。
数字の解釈と、次のアクション案を含めてください。
手を速くするのがAI、問いを立てて「この数字をどう読むか」を決めるのが人。下準備と文章化は相棒に渡し、最終的な解釈は組織の文脈を知る人間が握る。この線引きさえ守れば、AIは分析チームの代わりにはならなくても、最高の相棒になる。
始める前の注意事項
個人情報の取り扱い: 分析は「個人を特定しない集計データ」で行う。特定の個人のデータを解析する場合、就業規則・プライバシーポリシーで許容されているか確認する。
データの品質を過信しない: HR系のデータは入力漏れ・入力ミスが多い。「データにそう書いてある」と「実態がそうだ」は別の話。数値の背景を知る担当者と確認しながら解釈する。
相関と因果を混同しない: 「評価スコアが低い人が離職している」は相関であり、「評価スコアを上げれば離職が止まる」という因果ではない。データは仮説の起点であり、答えではない。
People Analyticsの具体的な分析設計について相談したい場合は X(@awata_atsume) まで。
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